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5月に入って気温がぐんぐん上昇し、今日(5月26日)は35℃を超える予報が出ている北海道。この時期の猛暑日は過去に記録のないもの。

まだ雪の残るところもある山々なのにこの気温は異常。今年は一体どんな年になるのだろうか。大雨や台風の影響も心配になりますからね。


さて、昨日(5月25日)はマイ山林でもくもぐサロンを開催。

札幌近郊の森は緑の色が濃くなってきましたが、果たしてマイ山林の様子は?

札幌から離れた場所にあるマイ山林は雪の多いところ。1か月前にはかなり雪解けは進んだもののまだ雪は残っていましたから。

さて、約1ヵ月ぶりに訪れたマイ山林は前回とは一変していましたが、まだ春の装いで木々の葉の色はまだまだ淡い緑色、林内には太陽の光がサンサンと差し込んでいましたね。

そして、森の近くを流れる川の水量もかなり減ってきました。

昨日は雲一つないお天気に恵まれ、気温も上昇しましたが、マイ山林を楽しむサロンを開催することが出来ましたね。

何といってもこの時期のお楽しみは春の山菜。昨日はフキ、ウド、ワラビそしてタケノコを採ることが出来ましたね。

初めてのタケノコ採りに感激してもらい、さらにそのタケノコを薪で焼いて食べるという体験も。たぶん、この味は一生忘れられないものになるかもしれません。そのぐらいインパクトの強いものです。それは味だけでなく、林内で食べるということも相まっていますから。



マイ山林は施設もない単なる森林。与えてくれるものは何もない。

それでも何かを持ち帰ってくれる人はいる。それは決して「もの」ではない。

今の時代は見返り要求されるばかりで、相手の満足を満たすことが素晴らしいことになりがちですが、マイ山林にはそれは無理。何せ自分で感じ考えることしかこちら側は考えていませんから。

だから、行ってみたいという人は少ないのだろう。山菜時期ならちょっとした見返りはあるから来るかもしれませんが、それ以外の時期はどうだろう。


昨日の来客者は山菜以外にもしっかり持ち帰ってもらえたはず。

それは感じる心を持ち合わせていることや自分の課題が見えているからだと思います。



近頃の木育を進める一つの手法であるアクティブラーニングですが、

いきなりアクティブラーニングは実践できない。その前に感じる力や考える力を身に付けておかないと。

そのためにもこの屋外サロンを使って欲しい気持ちはいっぱい。


森の中には知らないことはいっぱいあるし、自分で決めなければならないことだらけ。

感じられる要素も備わっている森に入ってもらう機会は増やしていきたいものです。

こんな場所で羽化してしまったエゾハルゼミ

山の帰りは温泉で汗を流す。これも大事な山での過ごし方の一つです。

季節は眩いばかりの春。花が咲き誇り、森も淡い緑色へと。森の中を歩くだけでも気持ちが良い季節です。

春だけしか感じられないもの。その時間も生きているうちには大切にしたいものです。


森を通して感じること。そして、森から学ぶこと。単に癒されるだけでなく、様々な要素を備えている森に同じ光景はないことを感じられることも木育の目指すものの一つかもしれません。

木育の考え方、捉え方は人それぞれで良いと思う。でも、こなすような木育の進め方には賛同できない。自分の考えたものを表現する。これは木育を進める上では重要なことでしょう。


林業女子会@京都のメンバーが木育をA~Zの26のキーワードを使って作成した冊子が今年発行されました。

何気ないこと、自分が想い感じていることを表現した木育の冊子です。

この中でのキーワードは「愛」

愛しているからこそ、愛があるからこそ木育が進められる。それはこなしているだけでは生まれてきませんね。


様々な木育の表現があると思いますが、「愛」を必ず込めて表現して欲しいですね。

GWも終盤に差し掛かり、お休み疲れの方も多いのではないでしょうか。でも、逆にこの時期が稼ぎ時と働き詰めの方もいるのかな。どちらにして時間を上手く使いこなすことが必要なんでしょうね。


北海道のGWはまだ寒さも残ったりしているので、本当なら1か月先ぐらいに連休があるのが良いのでしょう。でも、雪解けは一気に進み、お山も春らしさが徐々に感じられるようになってきました。

冬の間眠っていたものが一斉にお目覚め。木々も草花も待ち受けていたかのように、花が咲き、葉を開いてきます。長かった眠りからの目覚めはこちらの気分も変えてくれますね。


毎年訪れる近郊の山。高山帯でしかお目にかかれないものもこちらでは標高の低いところでも見ることが出来ます

毎年の楽しみはこの花を見ること。自分にとっては春告げ花ですね。


シラネアオイは札幌の近郊の山でも見ることができます。

この花弁の大きさは目を引きますね。

この花に魅せられこの花だけは毎年必ず見ることにしています。もちろんこの花を見るだけでなく、他にも咲いている花はいっぱいありますから、そちらも併せてみますね。



数々のスミレ、そして歩道の一面に咲き誇るニリンソウも。

木々の葉に覆われる前の林内が明るいうちに色とりどりの花がいっぱい咲きますね。

面白いもので、先に咲く花、遅れて咲く花、様々な環境に応じて変わってくる。今咲いている花が終わりを告げても次に種類の違う花が咲いてきます。自然が多様かつ豊かであることの不思議さを改めて感謝したいものです。


森の中は草花だけでなく、木々の色も多様。花から咲き出すもの、葉の色も様々な色を醸し出しながら深い緑色へと変化していきます。

今は春紅葉が美しい。赤や黄、そして淡い緑色、白いキタコブシの花の色、エゾヤマザクラのピンク色など、近くだけでなく遠くから眺めても楽しめますね。


自分が好きなのはシウリザクラの開葉。この木が葉を開く時の彩りは何とも言えませんね。


山歩きは自分が木育を意識する前から行っている。山は自然の変化を見られる場所ですから、街中に出かけるよりも魅力的だと思っていますからね。

木育は木づかいが主体となって今は進んでいますが、果たしてそれが主体で良いのか。

本来は食育と同じく人の心を作っていくものだと思っています。

自然から学ぶこと、自然を愛する気持ち、そして、そこから得られる恵みを賢く使わせてもらう、それが木育の基本であると思います。木づかい運動をメインとする木育は本来の木育ではなく断片的なものでしょう。

木づかいばかり意識せず、人の心に浸透できる木育をこれからも続けていきたいものです。

自然の姿は美しいですよ、サクラばかりが春を告げるものではないですから。

GWも終盤に差し掛かり、お休み疲れの方も多いのではないでしょうか。でも、逆にこの時期が稼ぎ時と働き詰めの方もいるのかな。どちらにして時間を上手く使いこなすことが必要なんでしょうね。


北海道のGWはまだ寒さも残ったりしているので、本当なら1か月先ぐらいに連休があるのが良いのでしょう。でも、雪解けは一気に進み、お山も春らしさが徐々に感じられるようになってきました。

冬の間眠っていたものが一斉にお目覚め。木々も草花も待ち受けていたかのように、花が咲き、葉を開いてきます。長かった眠りからの目覚めはこちらの気分も変えてくれますね。


毎年訪れる近郊の山。高山帯でしかお目にかかれないものもこちらでは標高の低いところでも見ることが出来ます

毎年の楽しみはこの花を見ること。自分にとっては春告げ花ですね。


シラネアオイは札幌の近郊の山でも見ることができます。

この花弁の大きさは目を引きますね。

この花に魅せられこの花だけは毎年必ず見ることにしています。もちろんこの花を見るだけでなく、他にも咲いている花はいっぱいありますから、そちらも併せてみますね。



数々のスミレ、そして歩道の一面に咲き誇るニリンソウも。

木々の葉に覆われる前の林内が明るいうちに色とりどりの花がいっぱい咲きますね。

面白いもので、先に咲く花、遅れて咲く花、様々な環境に応じて変わってくる。今咲いている花が終わりを告げても次に種類の違う花が咲いてきます。自然が多様かつ豊かであることの不思議さを改めて感謝したいものです。


森の中は草花だけでなく、木々の色も多様。花から咲き出すもの、葉の色も様々な色を醸し出しながら深い緑色へと変化していきます。

今は春紅葉が美しい。赤や黄、そして淡い緑色、白いキタコブシの花の色、エゾヤマザクラのピンク色など、近くだけでなく遠くから眺めても楽しめますね。


自分が好きなのはシウリザクラの開葉。この木が葉を開く時の彩りは何とも言えませんね。


山歩きは自分が木育を意識する前から行っている。山は自然の変化を見られる場所ですから、街中に出かけるよりも魅力的だと思っていますからね。

木育は木づかいが主体となって今は進んでいますが、果たしてそれが主体で良いのか。

本来は食育と同じく人の心を作っていくものだと思っています。

自然から学ぶこと、自然を愛する気持ち、そして、そこから得られる恵みを賢く使わせてもらう、それが木育の基本であると思います。木づかい運動をメインとする木育は本来の木育ではなく断片的なものでしょう。

木づかいばかり意識せず、人の心に浸透できる木育をこれからも続けていきたいものです。

自然の姿は美しいですよ、サクラばかりが春を告げるものではないですから。

気温の上下は大きいですが、一歩一歩春は訪れ、街中でもエゾヤマザクラやキタコブシが咲き誇っています、遠くの山々にはまだまだ雪は残っていますが、徐々に景色は変わってきていますね。

マイ山林も4月中旬には1m近くの雪が残っていましたが、今はかなり解け、地面が現れるようになり、GW明けには山林の色が変化してきそうです。


昨日はもくもぐサロン屋外編の第2弾。再びシラカバ樹液の採取を楽しんでいただきました。相変わらずな~んの遊び施設のない山林内ですが、そこは大人。施設の不要さは最初から理解して来ていただいています。都会の中では味わえない空間には余分なものはいらない。だからこそ大切なものが見えてくるのかもしれません。

前置きはさておき、昨日も大量のシラカバ樹液を採ることが出来ましたね。当のシラカバには大変申し訳ないですが、自分のエネルギーに変えられる春一番の森からのお裾分けをいただき、今年も有難みを感じています。


これまでは皆さんに樹液を楽しんでもらうだけでしたが、今年からは樹液採取から体験してもらうことに変更しました。それは森を身近に感じながら親しんで欲しいという自分の想いがありますね。

何でも手に入りやすい時代ですが、自らの手で樹液を手に入れるという行為が入るだけでものの価値は変わってきますし、人の心も変わってくると思っています。

今回は樹液の採取体験を前回行った人の参加でしたので、設置はお任せ。それでも樹液が採れる不思議さは今回も感じてもらえたでしょう。

たくさんの量が溜まるまでは時間は掛かります。通常のイベントなら時間を持て余してしまうところですが、逆に何もないことが広がりを持つことに繋がりますね。そこは自分の発想で。山菜を摘むもよし、雪面を掛けるも良し、焚き火の火を見るもよし。思い思いの時間を過ごしながら、シラカバ樹液が溜まるまでを待ちます。



そして、ティータイム。

シラカバ樹液で入れた紅茶は格別ですが、採りたての樹液を森の中で飲めることにどんな意味があるか。その答えは存在していない。それは教えられるものではないですからね。


人と森が近づくためには何が大切なのか。

効率的で費用対効果ばかりを追い求める都会生活に浸ってしまうと森の存在意義は意識しなくて生活できてしまう。もし、都会生活のような真似事を森の中に作っても、それは虚しい空間になってしまう。そこが森である必要性は低いからなんでしょう。

五感をフル活用することが大切なこととわかっていても、まだまだ自分の力は足りていない。森を産業価値しか追い求めない時代だからこそ、もっと力を入れていかなければならないだろう。

堅い話ばかりではつまらない。

やっぱり得た恵みをしっかりいただかなければ。

人からは贅沢と言われるシラカバしゃぶしゃぶにシラカバ樹液で割ったお酒。決して贅沢と思われるほどのものをいただいている訳ではないです。森林の恵みをどう使っていくかは個人に委ねられていると思っています。

国がどんな政策を打ち出しても、それに従うか従わないかはあくまでも個人の考えが優先。自分は金を拝むために森林を所有している訳ではないですから。

もっとこの山林に来て欲しい!

これから先はシラカバ樹液しゃぶしゃぶを食することができるのはここで採取した人だけが楽しめるものへと変化していくでしょう。


どうしてそうするの?

答えは来てもらわない限り見えてこないかな。


北海道はやっと気温が上がってきて、街中の雪はすっかり消え、山々の雪も徐々に減りつつあります。

マイ山林も4月になると町道の雪割りが始まり、車で入れるようになり、いよいよ今年のマイ山林仕事が始まります。

でも、まだまだ雪に覆われている山林内では特に仕事らしい仕事はないので、雪に覆われている期間は、いつも違った過ごし方をしています。

山林では通常は手入れする、伐採するなどの作業しか思いつかない人は少なくないと思いますが、マイ山林では楽しむという要素も加えて「ヤマとの関わり」を大切にしていきたいと考えています。


さて、前置きが長くなってしまいましたが、この時期のマイ山林での楽しみは「シラカバ樹液採取」です。シラカバ樹液は水の替わりにコーヒーや紅茶を入れる時に使ったり、化粧水などにも使われています。我が家では大胆にしゃぶしゃぶの出汁に使って、食を堪能することもありますね。健康効果もあると言われていますが、その答えはお任せします。

ほんのり甘いシラカバ樹液。何故木のフィルターを通すことで甘さが増すのかはわかりませんが、春一番の山の恵みをいただける幸せには感謝しなければなりませんね。


木材としての価値が低いシラカバ。でも、樹液は皆さんの心を温かくしてくれたり、樹皮細工も楽しむことが出来るシラカバ。

北海道では平地でも存在するシラカバは花粉に悩まされ嫌う人も少なくないですが、白い独特の肌に親しみを抱いている方は多い。

もっと、シラカバの価値は高めていきたいものです。

年に2回発行される冊子「モリイク」

今回も我が家の木育マイスターがこの冊子に「木育エッセイ」を投稿しています。


今回はシラカバ樹皮に関するお話し。後編は秋になりますが、是非一読ください。

まだ、HPは更新されていませんが、後日こちらからも見ることが出来ますよ。


持続可能という言葉を耳にすることは少なくない。

特にここ最近は2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)が役所だけでなく、各企業においての取り組みが増えてきていることから、この言葉を聞いたり見たりすることは多くなっている。


しかしながら、SDGsの知名度はまだ低く、さらにその内容までになるとわからない人が多い。

それは木育にも言えることですね。言葉は聞いたことがあっても内容はよくわからない。木を使えばいいのかな、そんな程度でしょうか。


目標があっても一体どのように取り組んで良いのか?


決められたことには従うけど、自主的にどのように行動すべきかまでは内容が分からなければできませんからね。


木育の目標とは一体何か。そのためにどんな行動をすべきか。

こんなことを考えず、「木を使うことが良いこと」という神話のような言葉だけを追いかけてはいけないでしょうね。

木育には4つのめざすものがありますが、その中に「持続可能な未来に向けた社会」づくりをめざすという大きな目標を掲げている。


一方で、ユネスコが主導するESD(持続可能な開発のための教育)は持続可能な社会づくりの担い手を育む教育として実施に当たっては、

1 人格の発達や、自律心、判断力、責任感などの人間性を育むこと

2 他人との関係性、社会との関係性、自然環境との関係性を認識し、「関わり」、「つながり」を尊重できる個人を育むこと

この二つの観点が必要とされている。


「五感とひびきあう感性」を育み、「共感できる心」を持ち合わせ、「木の文化」を見直し、「持続可能な社会」づくりをめざす木育の姿とESDの観点は合致する。


でも、木育はそこまで堅苦しいものではなく、柔らかく考えて良いでしょう。


まずは人間性を育むためにはどうしたら良いか。それは次回。

持続可能という言葉を耳にすることは少なくない。

特にここ最近は2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)が役所だけでなく、各企業においての取り組みが増えてきていることから、この言葉を聞いたり見たりすることは多くなっている。


しかしながら、SDGsの知名度はまだ低く、さらにその内容までになるとわからない人が多い。

それは木育にも言えることですね。言葉は聞いたことがあっても内容はよくわからない。木を使えばいいのかな、そんな程度でしょうか。


目標があっても一体どのように取り組んで良いのか?


決められたことには従うけど、自主的にどのように行動すべきかまでは内容が分からなければできませんからね。


木育の目標とは一体何か。そのためにどんな行動をすべきか。

こんなことを考えず、「木を使うことが良いこと」という神話のような言葉だけを追いかけてはいけないでしょうね。

木育には4つのめざすものがありますが、その中に「持続可能な未来に向けた社会」づくりをめざすという大きな目標を掲げている。


一方で、ユネスコが主導するESD(持続可能な開発のための教育)は持続可能な社会づくりの担い手を育む教育として実施に当たっては、

1 人格の発達や、自律心、判断力、責任感などの人間性を育むこと

2 他人との関係性、社会との関係性、自然環境との関係性を認識し、「関わり」、「つながり」を尊重できる個人を育むこと

この二つの観点が必要とされている。


「五感とひびきあう感性」を育み、「共感できる心」を持ち合わせ、「木の文化」を見直し、「持続可能な社会」づくりをめざす木育の姿とESDの観点は合致する。


でも、木育はそこまで堅苦しいものではなく、柔らかく考えて良いでしょう。


まずは人間性を育むためにはどうしたら良いか。それは次回。

先日は箸づくりのイベントのお手伝い。子どもたちは慣れない手つきでカンナを使って箸材を削っていましたが、大人も同じ。しばらく使っていないカンナに戸惑いを覚えていましたね。

冶具を使った箸づくりは比較的に容易に作られるため、どこでも人気。削っていくうちに箸の先がどんどん細くなることにも感動してくれます。

そして、カンナで削ると当然カンナくずが出ます。単なるゴミですが、ヒノキのカンナくずはお風呂に入れて香りを楽しみながら入浴する方もいます。


今回の箸づくりでも、たくさんのカンナくずが出ましたが、床に落ちたカンナくずを拾い集めて遊ぶ子どもたちはお風呂とは全く無縁。

とにかく拾っては投げ、拾っては投げて、体はカンナくずだらけに。拾っている最中にテーブルに頭をぶつけ泣き出しそうになってお母さんのところに行くのですが、思い出したようにニッコリ笑顔でまたこちらに戻ってきて遊ぶ。

家でこんなことをしたら大目玉かもしれませんが、ここの会場なら何をして構いませんからね。(あとで掃除すればいいだけですから)

カンナくずを利用する

子どもにとっては無邪気に遊ぶことが利用なんでしょうね。大人の都合は子どもには関係ない。それをさせてあげるのが自分の目指す木育の姿の一部かもしれません




今日はマイ箸づくりのイベント手伝い。

治具とカンナを使って箸づくりを行うイベントは比較的容易に出来るため、全国各地で行われていますね。

自分の箸を簡単に作られるということで、木を使うことのPRにも繋がりますが、主催者側は作らせて終わりじゃ物足りなさを感じます。思いは人それぞれで、箸を使っていくうちの変化を期待する、という他人任せの前に、こちら側も何か仕掛けを考えることは必要でしょう。


前回のブログでも触れましたが、「きょうから木育 365のヒント」には箸づくりが木育に繋がるヒントがいっぱい書かれています。


例えば「木材の違いを感じる」というヒント。

今回の箸づくりでは6種の樹種から選んで箸づくりをしてもらうのですが、色や重さ、そして木目など樹種によっての違いはあります。箸材を選んでもらう前に自分のお気に入りの材を選んでもらうにしても、参加者にはいろいろな情報を提供したいですね。

さらに「大工仕事を体験」というヒント。

カンナを使って箸材を削りますが、大工道具が家庭から消えている現状ですから、道具を使って作る楽しさを味わってもらうことは必要なことでしょう。

何でもお金があれば手に入る時代だからこそ、「手づくり」というものを考えて欲しいですね。

それとカンナという道具。引いて削るという行為は鋸も同じですが、「引く」という行為が日本の文化につながっているのではないかと。外国のカンナは押して使う道具ですからね。

箸づくりを行うだけでも、他にもヒントに関連するものはいっぱいあります(匂いを嗅ぐ、プラに変わってしまったものなど)。


30分程度で出来るマイ箸ですが、ヒントから学ぶ「仕掛け」を考えながら、イベントを作ってゆくことが必要なんでしょう。

30分で出来ることは知れていますが、マイ箸以外にも持ち帰って欲しいものを一つ見つけて。


ようてい木育倶楽部を始めて丸3年が経過し、この3年間はほぼ木育の普及を中心に活動してきました。

当初はどう普及を行ったら良いかの試行ばかり。型が作られてきたのは2年目。出口を見据えながら手段を考えるようになってからは、安直にイベントをこなせば良いという考えは捨てましたね。

普及にあたってはどうしてもイベント出展は主にはなってしまうが、別の切り口も必要だと感じ、現に木育教本「もくもくもぐもぐ」を一昨年出版しました。


まだまだ木育の普及はこれから。イベントの開催ばかりでなく、自分の想いを言葉で伝えたり、実践できる方法もお知らせしていけたら良いかもしれません。



この本の最終章には「きょうから木育 365のヒント」が示されている。

木育に繋がっていくヒントが365。言わば1年間毎日木育漬けになることが出来ます。イベントに参加しなくても実践でき、多くの人々が身近に考えてくれるようになればいいですね。

このヒントを基に時には行動を、時には言葉で綴ってみるのも良し。様々な方法で生活の一部として浸透するのが木育の目指す姿の一つでしょう。


ようてい木育倶楽部では、このヒントを自分の言葉で綴ってみようと考えています。中には言葉で表現するのが難しいものもありますが、ヒントを見てピンと引っかかるだけでもいいです。


開始は4月1日の予定。皆さんを木育漬けに出来るよう頑張ってみます!